GWツアー in 信州

GWツアー in 信州

                        報告者:山田 諭敬(一回生)


日程 :2007年5月2日(水)~5日(土)

メンバー:一色さん(伊那市まで) 岩木さん 大山さん 中村さん                       池田さん(杖突峠まで) 荒川さん(企画) 山田()



<まえがき>

今回1回生の僕が信州ツアーを選んだ理由は、「残雪が見られるのは今しかない!」と熱烈に先輩方から薦められたからです。正直、体力的に非常に不安でしたが、遅れがちではあったものの何とか最後まで走りきることができました。しかし、走ることだけで精一杯だったせいか、どこがどんな景色だったかがほとんど記憶に残っていません・・・。そのため、レポートを書けと言われても、覚えている僅かな範囲のことしか書けません。それに、その記憶もあいまいなものが多いので、もしかしたら間違いもあるかもしれません。次回からはきちんとしたレポートが書けるように頑張りますので、今回は出来損ないのレポートでご勘弁ください・・・。


<一日目 5月2日(水)>

 行程 :サイクリング部BOX→京都駅-(輪行)→飛騨小坂→道の駅 やまもも


GWの真ん中ということもあり、2限目しか授業が無かったので、1時過ぎにBOXに行ったら、中村さんの「今なら電車も空いているだろう」という考えにより、1430出発ということになった。岩木さんは「今の時間帯は混んでいる」と言っていたのだが、僕には混んでいるか否かがよく分からないので、とりあえず中村さんについて行くことにした。京都駅までは荷物を背負って行くことになったが、荷物が頭に当たって非常に前を向きづらかった。これは荷物の入れ方に問題があるらしい。次回からは気をつけなければならない。京都駅に着いて輪行(中村さんから“サル輪”のみを教わった)の準備をしていると、隣にロードレーサーに乗った筋肉ムキムキ(?)のおじいさんが来て、輪行の準備を始めた。僕は京都出身であり、京都駅も何回か利用したことはあるのだが、今まで一回も自転車を分解している人など見たことがなかったので、そのような人がいることに少し驚いた。普段周囲のことをあまり意識していないために、見えている世界が狭かったのであろう。しばらくすると、警官がこっちを向きながら近づいてきた。少し不安になったが、その警官は職務質問をするのではなく、「自分も自転車で琵琶湖を走ってきたんだよ」と言ったのでホッとした。その警官は自分のことについてずっと話していたため、中村さんは何とも煩わしそうにその警官の相手をしていた(気がした)。そして、輪行の準備ができ、京都駅に入ると・・・人+人+人!緑の窓口には行列ができており、切符を買うのに非常に時間がかかった。そして電車に乗ろうと自動改札を通ったのだが、中村さんは自転車をゲートに引っ掛けたまま通ろうとしたので、ゲートが一瞬すごくゆがんだのだが、通り抜けた後は元に戻ったのでよかった。そして、ホームに行っても人でいっぱいで、電車に乗っても人だらけであった。こんなにしんどい輪行はもうしたくない。岩木さんは輪行に慣れているのか、米原駅(?)で後から来たはずの岩木さんと会った。僕は岐阜で高山線に乗るときに岩木さんの後について乗ることになったのだが、それが正解だった。中村さんが乗った先頭車両は非常に混雑していたのだ。なんとも中村さんは不運な人である。僕はしばらくして着いた下呂駅で、ここが下呂温泉かぁ~としみじみしていたのだが、その後上呂という地名もあると知ってさらに感動した。それにしても、高山線では町らしい町は松本と下呂しかなかった気がする。その他の駅は、駅前にもかかわらずお店も何もない真っ暗なところが多かった。京都市内が自宅の僕には驚きの連続である。飛騨小坂に着いて輪行解除しているとき、岩木さんからアンコをもらったのだが、それがえもいわれぬ美味しさであった。次回は僕もアンコと食パンを行動食にしようかな?最初方向を間違えて道を逆に行ったものの、比較的すぐに道の駅やまももに到着した。休憩室で寝ると聞いていたので、休憩室に行くと、そこには先客が・・・しかも田舎のヤンキーであった。ヤンキーたちの会話の内容から察するに、そいつらは高卒で就職した輩のようだ。そいつらがタバコを吸いながらピコピコと音を鳴らしながら携帯ゲームをしているのを見て、社会にはこういう人もいるのだとしみじみ実感した。僕は社会についてもっと見識を広めなければならない。野宿もできるサイクリング部は最適であろう。仕方が無いので中村さんとトイレにつながる部屋で寝ることにしたのだが(その他の先輩たちは寒い外で寝た)、そこの入り口が自動ドアの感知器があるにもかかわらず手動ドアとなっていた(ちなみに、朝になるときちんと自動ドアになっていた。どうやら夜は電気をケチっているらしい)。夜中うとうとしていると、突然ドアを蹴る音がして驚いて起きてみると、金髪のポニーテールのおっさんが扉の前に突っ立っていた。どうやらドアが開かないことにキレているらしい。仕方が無いので扉を中から手で開けてあげると、そのおっさんは「前は自動ドアだったんだが・・・。君たちいいところに寝ているねぇ~」などと自分の行為など棚に上げて話をし始めた。だが、僕は眠かったので会釈だけして寝袋に潜り込んだ・・・


<二日目 5月3日(木)>

 行程 :道の駅 やまもも→鈴蘭スカイライン→濁河峠→柳蘭峠→木曾街道→地蔵峠→道の駅 木曽福島-(輪行)→松本→旧制松本高等学校跡


朝日がまぶしい。朝だ。中村さんはまだ寝袋に潜っている。しばらくすると中村さんの携帯の目覚まし音楽が鳴り出した。一緒に外に行って朝食。味噌汁とご飯だった。休憩室にたむろっていたヤンキーたちは帰ったらしく、休憩室にはタバコの匂いだけが残っていた。休憩室で朝ごはんを食べ、ジュースジャンをしていよいよ出発。フリー走行で分岐点までとのこと。朝の空気は澄んでいて気持ちがいい。緩やかな上り坂が続く。まだまだ続く。いつまでも続く・・・。何だこれは!?僕が想像していたサイクリングとはぜんぜん違うぞ!!もっとさわやかなものかと思っていたのだが・・・。土手からは草いきれがもうもうと立ち上っている・・・。ギアを軽くしたらチェーンがはずれた・・・。「ここで座っていたらどれだけ楽だろう!?もう進みたくない!!」と思い始めたころ、やっと集合地点に到着。少し休んでまた坂道を登り始めた。どんどん気が滅入ってくる・・・。だが、ダウンに差し掛かった瞬間、そんな気分は吹っ飛んだ。マジ気持ちいい~。「そうだ、上ればその分下るんだ!!」これを心の支えとし、どんどん進んでいくと、突然目の前の視界が開け、雪を頂いた御嶽山が現れた。なんてすばらしい眺めなんだ・・・。一人で感動しつつ撮ったのがこの写真。このツアーで一番印象に残っているのはこの眺めである。



しばらく走ると集合地点の大平御嶽展望台に到着。そこで車で来たおじさん達と少し話をして出発。濁河温泉の分かれ道で先輩が道に迷わないように待っていてくれていた。中村さんがまだ来ていないのが少し気がかりだったが出発。後で聞くと、荷ヒモがほどけてマットとアミノサプリが無くなってしまったから遅くなったのだそう。ほんとに中村さんは運の無い人である。次の集合場所の近くでは湧き水があったので飲んだのだが、とても冷たくて美味しかった。やっぱり自然が一番である。疲れも多少薄れた気がした。ここから地蔵峠までの記憶がないのだが、途中に道のアスファルトがはがされて、ダートになっていた場所があった気がする。地蔵峠から唐沢の滝を経由するダウンはとても気持ちがよかった。国道361号線と交わるところが集合地点で、そこからは班走行で道の駅木曾福島まで行った。途中で買出しをして、そこで晩御飯の豚丼(僕のリクエストは豚のしょうが焼きだったのだが、できたのはまるで吉野家の豚丼みたいにおいしいものだった)を食べた。そこで、5月5日が雨の可能性が出てきたので、あたりが暗くなった後に輪行で松本まで行くことになった。先輩方によると、晩御飯後に輪行するのは初めてということらしい。なんだかんだで松本に着き、テン場の旧制松本高等学校跡に行った。そこの東屋ではすでに一人先客が寝ていたが、もう一つの東屋はもっと人がいるらしく、そこで寝ることとなった。その人は次の日、朝430頃に出て行ったらしい。寝ているところに大勢で押しかけてごめんなさい・・・




<三日目 5月4日(金)>

 行程 :旧制松本高等学校跡→美鈴湖→美ヶ原林道→武石峠→美ヶ原→ビーナスライン→霧ヶ峰→和田峠→茅野市運動公園


朝、目が覚めた頃にはもうご飯ができていた。自分もいつかは早起きしてご飯を作らなければならないのかぁと思うと、気分が萎える。だが、多分その頃には体力がついているだろうから、朝起きるのも大丈夫なのだろう(中村さんは「眠い」を連呼しているけれども・・・)。朝ご飯を食べて出発。ファーストコンビニでジャンをし、美鈴湖に行く坂の前で停止。その坂は・・・エグ過ぎるほどの激坂。一度止まると真っ直ぐには進み出せない(というか、逆走する)。止まらずに頑張って上まで登ろうとしたのだが、チェーンが外れてしまった。インナートップにしたのがまずかったらしい。先輩たちに少し坂を下りてきてもらい、工具でネジを締めてもらうことに。迷惑かけてすみません。その後、坂を上り続けて何とか美鈴湖に到着し、地面に座り込んだ。風が涼しくて気持ちよかった。しばらくして出発することになったのだが、立てない・・・足がいうことを聞いてくれない・・・。だが、何とか気力を振り絞って立ち上がり、自転車をこぎ出したのだが、まだまだ上り坂が続いていた。もう気力しか残っていない・・・どのような道だったのかぜんぜん記憶に残っていない・・・。気づいたら武石峠に着いていた。確かおいしい湧き水があった。そして美ケ原に到着。ここのダウンはすごく気持ちがよかった。向こうに電波塔が見えるだけで、車も走っておらず、周囲には人工物らしきものはない。そこの写真が次のページの写真である。



美ケ原の電波塔からはずっとダートが続いた。遊歩道というから仕方がないが、大きな石がたくさんあり、ハンドルを取られそうになった。ガタガタとダートを進んでいき、休憩所に到着。昼食を食べた後、風が吹いているので体感気温が低いにもかかわらず、やまももソフトクリームジャンをした。北海道にもやまももソフトなるものがあり、食べたことがある気がするが、北海道のほうがおいしかったような気が・・・。野沢菜の試食などをした後、出発。ここからのダウンは急であり、かつ車もたくさん通るので結構危険だったが、風を切って進むのはやはり快感である。下りきった所で集合した後、ビーナスラインへと入っていった。ビーナスラインはずっと向こうのほうまで景色が見えが、少し曇っており(僕の目が疲労で曇っていたのかもしれない)、あまりよい眺めとはいえない気がした。ずっと突き進み、霧ケ峰に到着。集合場所は霧が峰の道の駅のはずだったのだが、誰もいない。風もビュービューと吹きすさんでいる。どんどん不安が募ってきた。道路標識を見ると、左に行くと和田峠、右に行くと諏訪湖である。たしか諏訪湖に行くようなことを言っていた気がしたので、諏訪湖方面に向けて出発しようと決意したとき、道の駅のほうから荒川さんが手を振って出てこられた。よかった。あのまま行っていたら誰とも会えないところだった。本当は和田峠のほうに行くのであったからだ。ほんとによかった。霧ケ峰の道の駅は「霧の駅」という、なんとも評価しがたい名前だった。そこでジュースの試飲をしたが、チューペットみたいな味であった。僕はそのジュースをお土産にはしたくないし、また見ている範囲で買って行っている人は誰もいなかった・・・。しばらくして出発することになったのだが、ヘルメットの中に入れておいたバンダナが無くなっていた。おそらく風で飛ばされたのだろう。お気に入りのバンダナだったが仕方がない。バンダナなしで出発することになった。横を見ると笹しか生えていない道を通り、茅野市へ。テン場は茅野にある大きな運動公園のスタジアムになった。証明の点いていない真っ暗なスタジアムに入っていくと、日が暮れているにもかかわらず、まだトラックを走っている監督+選手がいた。おそらく学生であろう。後ろからメガホンで怒鳴られながら走っている。青春である。晩御飯の準備をしているうちにその人々はいなくなった。夜中のスタジアムにランプをつけてぞろぞろと入ってきた僕たちを怪しんで出て行ったのかもしれない。でも警察に通報されなくてよかった。晩御飯はカレーであったのだが、カレーの素が足りなくてとても水っぽいカレーになってしまった。でも味はカレーであり、結構おいしかったのでよかった。



<四日目 5月5日(土)>

 行程 :茅野市運動公園→杖突峠→伊那市→道の駅 花の里飯島→飯田市→桜町駅→飯田峠→大平峠→中津川駅-(輪行)→京都駅→サイクリング部BOX


中津川駅に行ったほうが輪行費がかなり安くなるということで、中津川に向けて140kmの旅をすることになった。まず杖突峠へ。坂道の途中に、車に踏まれたためにギザギザになった10円玉が落ちていた。ちょっと気味が悪かったが、とりあえず拾っておくことにした。その10円を杖突峠で中村さんにあげようとしたのだが拒否された。残念・・・。池田さんが杖突峠を越えて少し行ったところで離脱。そこからはずっと車通りの多い道をフリーで走り続け、温泉の水が湧き出ているところで集合し、そこからまたフリーで伊那市へ。日差しが強烈であったため、知らぬ間にひどく日焼けしていた。ツアーにおける日焼け止めクリームの必要性を痛感した瞬間である。集合地点の伊那市で一色さんの離脱ジャン。一色さんはジュースを残して去っていった。僕はアスパラドリンクを飲んだのだが、効き目は30分しかもたなかった・・・。伊那市からは天竜川沿いを道の駅へ行く交差点までフリーで下っていった。天竜川は始めて見たのだが、河川敷の広さにびっくり!ものすごく広い!鴨川の45倍はあるのではなかろうか?でも工事をしている都合で人工的に河道を変えられていたのでがっかりした。雄大な自然をもっと感じたかった。その後川から外れた道を1時間強くらい走り、上り坂を通り、田んぼの中の道を通って道の駅飯島へ。そこでおやきor五平餅ジャン。僕は野沢菜おやき(120円程)を食べたのだが、後になって馬おやき(150円)というのがあることを知り早速購入。馬肉が入っているらしいのだが、ものすごく薄いロース肉がちょっと入っていただけで、馬肉の味は分からなかった。恐らく馬肉の味ではなく、馬肉を食べたという経験に価値があるのだろう(と理解しておこう)。飯島からはなんちゃって班走行で桜町駅へ。桜町駅の休憩室で昼ご飯を食べることに。駅には女子中学生らしきセーラー服を着た二人組がいて、そのうちの一人がちらちらとこっちを見ていたのだが、どのように思われているかあまり気にはならなかった。ツアー中に神経が図太くなったようである。昼ご飯を食べた後、大平峠へ向けて出発。ずっと緩いアップが続いていたので、足には負担がかからなくてよかったが、どこまでもアップが続くので精神的に参った。途中に名水100選の水があったのだが、道からそれてアップを200mほど行かなければならないのであきらめた。途中にあったダムは、砂がたまりすぎたせいでダムとしての機能を果たしていないと看板に書かれていた。なんだかんだでダラダラとアップを登り続けて大平峠に到着。その後一気にダウンを下った後、また緩いアップをグダグダと登って木曾峠に到着。中央アルプスを越えて、ダウンを下ると木曽川に出た。水量が非常に多い川である。そこからは班走行で行くことに。車通りが多く歩道のない道避けて別の道へ入ったのだが、その道はアップダウンが多く疲れた。ここら辺からはもう気力のみで走っているので記憶が定かではない。肉体的にもピークに達していた。どうにかして中津川駅に到着。電車の時間まではまだ時間があるので銭湯(番台のある、昔からあるもの)に行くことになった。僕は番台のある銭湯は初めてだったので、新鮮味を感じた・・・というより、番台のおばちゃんがずっとこっちを見ていることや、風呂場に石けんとか何にも置いていないことに驚いた。風呂からあがった後、駅に行って輪行の準備をし、岩木さんが買ってきた缶ビールを呑み(ビールがすごくおいしく感じられた)、立ち食いそば屋でそばを食べ(隣のおっさんからサイクリングについて語られた)、いよいよ京都に向けて出発。電車の中ではほとんど寝ていた。BOXに着いたのはもう真夜中であった。


<まとめ>

それにしても長い旅であった。しんどくはあったが楽しかった。景色も堪能でき、野宿などのいろいろな経験もできて本当によかった。企画者の荒川さんや、いろいろ迷惑をかけた先輩方、本当にありがとうございました。


一色さん・岩木さん・池田さん・荒川さん(顔が写っているのは一色さんだけです・・・)


大山さん・中村さん・荒川さん(写真が横向きですみません)


向こうに見えているのは恐らく駒ヶ岳です。手前の残雪との兼ね合いが絶妙なショット(?)を生み出しました。


5月に入って雪が見られるとは思いもしませんでした。やはり自然は最高です。車が走っていないときの静けさや雰囲気は素晴らしかった。またいつか信州に行きたい。


0 件のコメント: