山陰ツアー~冬と春のはざま~

山陰ツアー
~冬と春のはざま~
中嶋 一雄(02 年入学)
 春先というのは結構、ツアーの行き先に悩む。お金がある人はガツンと海外に飛べばいいし、冬用
装備を持っている人なら冬北などといった選択肢があるが、どちらも持っていないとかなり困る。マッ
プルをぱらぱらとめくっているうちに 3 月も中旬。このまま家でくすぶっているのはさすがにもった
いないということで、今年は暖冬だったから何とかなるだろうと信じ、まだあまりツアーしたことの
ない地方ということで、山陰地方を選択し出発した。
3 月 16 日
廿日市~国道 433(七曲峠)~石ヶ谷林道~戸河内
 まずは七曲峠に向けて約 500up。国道 433 号は集落内をくねくねと急傾斜で上っていくなかなかな酷
道。久しぶりのフル装、あのフル装独特のうしろに引っ張られる感覚がなんとも心地よい。ふらふら
と蛇行しながら峠を目指す。ほどなくして七曲峠に到着。一応、国道ではあるがほとんど車は通らず
静かで、谷沿いに視界が開け、廿日市市街や瀬戸内海まで見えるなかなかなかなかよい雰囲気の峠だっ
た。
 さっとダウンして、石ヶ谷林道へ。気持ちのよい渓谷沿いを進んでいくと、標高 500m ラインすぎか
らちらちらと残雪が現われ始めた。こんな低いところから雪があるとなると、数日後に行く予定の
1000m クラスの林道は雪中押ししないといけないのかなとちょっと不安になりながら進んでいた、その
時、30m ほど前方でがさがさと動物の気配がした。丸っこい黒い動物。なんかやけに太ったたぬき…っ
て熊!熊!熊だよ!幸い、むこうが勝手に逃げていってくれたので、大事には至らなかったが、改め
て雪面を見てみると、あたりは熊らしきでっかい動物の足跡だらけ。どうやらとんでもないところに
来てしまったらしい…。しかし、いまさら戻るわけにもいかないので、ひやひやしながら、とりあえ
ず熊よけにとベルをチリンチリンと進んだ。風で木の葉がすれてかさかさと音を立てるたびに、心臓
が縮む思いをした。
 無事ピークを越えダウンを開始。路面にうっすら雪が積もっているところもあったが、新雪らしく、
普通に乗ったままシュプール(?)を描きながら下ることができた。新雪の上をチャリで走るのはな
んとも言えない斬新で心地よい感触。しかし、雪面ではブレーキが恐ろしく効かない。その上、シュー
の減りが凄まじい。みるみうちに溶けるように減っていき、黒い汁と化してフレームを汚してゆく。
「見ろ、シューがゴミのようだ!」と言いたくなった。旧型カンチブレーキのシューは今となっては
ほとんど需要のないパーツで仕方ないのかもしれないが、シマノさんにはぜひとももう少し改良して
いただきたいものである。
 町に着き、買出しのためにスーパーへと向かった。が、まだ 18 時なのにもう閉店していた。でも、
何の問題も感じられなかった。カレーおじさんクラスにもなると、買出ししなくてもカレーぐらい作
ることは余裕である。ザックを開けば、米!たまねぎ!ジャガイモ!にんじん!カレーのルー!ガラ
ムマサラ!そこに、コンビニで調達したフランクフルトを投入すればおいしいフランクフルトカレー
の完成。幸せな気分になったところで就寝。
3 月 17 日
戸河内~国道 191(道戦峠)~県道 307(表匹見峡)~ハビ内谷林道~国道 9~益田
 夜、寒さに目を覚ます。寒い、寒すぎる。シュラフの内外で全く気温違わない模様。化繊シュラフ
1 シナモン、クローブ、ナツメグ、カルダモン、コショウ、クミンなどを混合したスパイス。カレーに入
れれば風味が引き立つ。ツアーにおいては、シュラフの次に必需品。
Page 2
の限界を身をもって体感した。走り始めてしばらくしてから見た、道路脇の温度計は-3℃を表示して
いた。今朝の最低気温は-5℃ぐらいであると推定できた。これは滋賀県南部に住んでいては、まず体
験できない温度である。
 この日は当初の予定では三段峡をじっくり散策する予定だったが、国道 191 号から分岐して三段峡
まで下る道は完全に雪に埋もれていた、さすがに 5km の道を雪中押しピストンする気にはなれず、三
段峡は断念。道戦峠を越え、表匹見峡を目指した。
 表匹見峡はエメラルドグリーンの水と白い岩石のコ
ントラストがなかなかよかったが、さらに赤色が加わ
る紅葉の時期が一番の見ごろなんだろうなあと思った。
渓谷の一つ一つの見所に名前が付いているが、そのネー
ミングがなかなか強引というかなんというか…命名者
の発想力の豊かさに脱帽。
 三段峡を断念したぶん時間が余ったので、ハビ内谷
林道を経由することにした。古文書によればダートと
のことであったが、それは古き良き時代の話で、行っ
てみると完全に舗装が完了していた。しかし、風景は
なかなかだった。谷筋から始まり、途中で標高をぐっ
と上げて山の中腹から展望が開け、最後は静かな山間
の集落に下りた。林道を抜けた後は 30km ほどさくっと走り、益田へ。
3 月 18 日
益田~国道 9~石見銀山跡~太田
 この日は基本的に移動日。日本海沿いの国道 9 号を
ひたすら走り太田へ。国道 9 号は以前に走ったことの
ある米子・鳥取間は交通量が異常に多くげっそりした
が、益田・太田間はそれほど車は多くなかった。が、
そのかわりアップダウンにげっそりさせられた。ひた
すら数十 up、数十 down の繰り返し。フラット部分は皆
無。マップル的にはこの日の行程は 0up であるが、実
際は 500up は確実にしたと思われる。
 単調なアップダウンの繰り返しで、精神的にはなか
なかこたえたが、寄り道せず淡々と走ったため、昼ご
ろには 100km ほどの行程はほとんど片付いてしまった。
時間が余ったので、自称廃墟フリークとしてちょっと
気になった石見銀山跡を見に行くことにした。
石見銀山跡は完全に観光地化されていて、生々しい廃墟は全く見られなかった上、日曜日ということ
もあってか、観光客でいっぱいで完全に興ざめだった。さすがに、一般観光客と肩を並べて、資料館
見学とかをする気にはなれない。そこで、山奥に入ればもっと自然な廃鉱口などが見られるかもと思
い、適当に獣道らしき道を藪こぎしてみた。しかし、せいぜい古い石垣がちょっとあったぐらいでた
いした収穫はなし。まだまだ廃墟眼が足りないようだ…
3 月 19 日
太田~三瓶山登山~三瓶山高原道路~県道 40~頓原
 この日のメインは三瓶山登山。天気は下り坂らしかったので、ちょっと早起きし、アプローチ。登
山口から三瓶山を見上げたが、雪は全く見られなかった。これなら登山経験 0 に近い自分でも大丈夫
2 2002 年度版マップル。現行のマップルよりも直感的には見やすいが、さすがに情報が古くなってきた…
Page 3
そうだと、チャリをデポって登り始めた。登ったのは日当たりのよい南側斜面で完全に雪は溶けてお
り、道も歩きやすく特に苦労することなく山頂に到着した。三瓶山は標高は 1000m ちょいしかないが、
ぽこっと突き出た独立峰のために 360 度の展望が広がった。同じ道を下るのも面白くないので、下り
は西側斜面の登山道を使うことにした。西側斜面は日当たりが悪いためか中途半端に溶けた雪が再び
凍り、非常にコンディションが悪かった。結局、登りよりも下りの方が時間がかかってしまった。
 下山後は、三瓶山高原道路で三瓶山麓をぐるっと回った後、東へ進み頓原を目指した。途中、なか
なかよさげな温泉を見つけた。テン場予定地の頓原の道の駅までは、10km ほどあったが、どうせ寒く
て汗をかくこともないので、早めに風呂にすることにした。時間に余裕があったので 1 時間ほどゆっ
くりしていたが、ふと窓から外をみるといつの間にか天気が急激に悪化していた。空から降ってくる
のは雨かそれとも雪か…どちらにしてもうれしくはない。あわてて外に出て、テン場へと急いだ。
 ちょうど買出しを終え、テン場に到着すると同時にみぞれが降り出した。テン場は屋根付きで三方
を壁で覆われたバス停であったが、風が強かったため、舞い込んできた。みぞれが上着に当たりぱら
ぱらと音をたてる。ふと、こんな天気の夜、山奥の道の駅のバス停でひとりでたたずんでいるのだろ
うという疑問がわいてきた。どうしようもなく寂しくなり、心が折れそうになった。この状況を打開
すべく、急いでカレーを作った。カレーを食べて、ウィスキーを飲むと幾分が気分が和らいだ。明日、
天気が回復していることを祈りつつ就寝。
3 月 20 日
頓原~草峠林道~国道 432~県道 255~県道 254~国道 314(おろちループ)~県道 15~日南
 朝、目を覚ますととても寒いものの天気は回復して
いた。やはり結構、雪が降ったらしく、山肌は白くなっ
ていた。積雪が心配であったが、とりあえず予定通り
草峠林道へ行ってみることにした。すぐに入り口に到
着。地元密着型の林道のためか特に冬期閉鎖にはなっ
ていなかった。しばらくは問題なく乗れたが、峠まで
2km あたりから積雪が増え始め、押しがメインに。しか
し、昨晩とは打って変わっての晴天。気分は非常にさ
わやかだった。朝日が雪に反射してきらきらと美しい。
標高を上げるにしたがって展望が開け始め、うっすら
雪化粧した三瓶山が遠くにスカッと見えた。
 ほどなくして草峠に到着。マイナーな峠ではあるが、
雪景色も手伝ってなかなか印象に残る峠となった。しかし、印象に残ったのはむしろ恐怖のダウンが
あってこそだと思われる。下り始めてすぐに日陰の部分は完全に凍結していることに気づいた。が、
その時すでにランドナーのノーマルタイヤは氷の上でスケートを始めていた。反射的にカウンタース
テアを当ててみたが、ランドナーでドリフトができるはずもなく、よけい変な格好で転倒し、ランド
3 車が横滑りしたときに、滑った方向にハンドルを切り、体勢を立て直すテクニック。詳しくは、イニシャ
ルDを参照。
Page 4
ナーと絡み合ったまま 5m ほど滑っていった。凍結路面は押すのも一苦労だった。立ち上がって、2,3
歩進んで、滑ってこけるの繰り返しだった。
 林道を抜けた後は東に進み、吾妻山、竜王山の南側をかすめて
国道 314 号に出た。国道を北上し、峠を越えるとおろちループが
現れた。マップルに書いてある通り、大きすぎて全体を一望でき
るところはなかったし、実際に走ってみても大してループしてい
るという実感はなかった。しかし、下り終えた後、ふと振り返る
とはるか上方に、初めに渡った最上部の橋が見えた。その時、初
めておろちループの攻めっぷりを少し感じることができた。後か
らマップルを見て気が付いたのだが、実はこのおろちループには
旧道が存在する模様。2km で 200up ほどしているようだ。旧道好
きの自分としてはかなり気になった。その後はさらに東に進み日
南まで走った。
3 月 21 日
日南~国道 180~国道 482(内海峠)~美作北 2 号林道(大谷峠)
~奥津
 晩の冷え込みが強烈であることを確信する出来事がこの朝に起こった。コンタクトをはめようとケー
スを開け、保存液からコンタクトつまみ出そうとした。が、その保存液はすでに液ではなかった。コ
ンタクトは保存氷漬けになっていた。あわててライターで溶かしてみたが、変形してしまっていて使
い物にならなかった。幸い予備の新しいものは無事であった。標高は低いが谷間のため非常に冷え込
みが厳しいらしい。走り始めても全く体は温まらず、むしろ冷えていった。フラットなのに手先がか
じかみ、ちくちく痛んだ。
 日野川沿いを進むと、上部 3 分の 1 ほど雪に覆われた大山が姿を現した。伯耆富士の愛称を持つだけ
あって、非常に山の形が非常に美しい。そんな大山を横目に見ながら、内海峠へ向けてアップを開始。
9 時ごろから急激に気温が上昇し始め、アップ中はシャツ 1 枚で走れた。朝の冷え込みがうそのようだ。
内海峠を越え、蒜山高原の裾野を走る。この大山、蒜山エリアの風景は個人的にかなりお気に入りで
ある。
 予定通り、ちょうど昼に美作北 2 号林道の入り口に到着した。この美作 2 号林道は標高、位置的にか
なりの積雪が見込まれたが、気力、時間ともに十分であったので迷わず突入した。津黒山の中腹をぬっ
て豪快に標高を上げていく。道がよすぎて林道らしさはないが、その豪快なルーティングに心が躍る。
遠くに蒜山が見え、風景も素晴らしい。積雪も思ったほどはなく、せいぜい靴が埋まるぐらい。ぜん
ぜん余裕である。時間はかかったが、たいして疲れることもなく大谷峠に到着。山陰ではあまり見ら
れない非常に大きな景色が広がる。当然、車は来ない。この景色を独り占めできるなんて、なんと贅
沢なんだろうと思った。山陰をツアーするときは、とりあえず、この美作北 2 号林道と先ほどの大山、
蒜山を押さえておくことを強くお勧めしたい。
 峠からはさらに東に美作 2 号林道を進む。日陰の凍結には気をつけながらダウンをこなし、奥津温
Page 5
泉に到着。温泉は 900 円と非常に高額であったが、非常に満足な 1 日であったので、奮発してゆっくり
と疲れを癒した。
3 月 22 日
奥津~国道 179~根知遠藤林道~美作北林道~県道 6~津山
 当初の予定ではあと 2,3 日走る予定だったが、もう結構お腹いっぱいで満足しており、何より毎晩
の強烈な冷え込みのため、寝不足が続き、どうも体調がすぐれないので、予定を切り上げて帰ること
にした。といっても、さすがに奥津から南下して津山へ向かっては時間が余り過ぎるので、いったん
北上して、根知遠藤林道と美作北林道を経由することにした。
 根知遠藤林道は舗装工事中の看板が出ていたが、ど
う見ても工事をしているようには見えなかったので、
とりあえず行ってみることにした。やはり、工事は休
止中らしく問題なく進めたが、峠の手前 50m で愕然と
した。急に土の山が目の前に現れた。どうやら最後の
切り通し部分を削っている段階で工事が止まっている
らしい。峠が切り開かれるまさにその寸前という貴重
な風景を見ることができた。工事関係者には申し訳な
いと思いつつ、強引に押して越え、一足先に開通式を
させてもらった。
 しばらくダウンするとまた道がなくなった。今度は
崖でぷつんと切れていた。見てみるとでっかい橋げた
が谷から突き出ていた。でっかい橋の建設の最中らし
い。さすがに崖を降りるわけにもいかないので辺りを
見回すと、幸い旧道が見つかった。ダートでしかも日
影のため、非常に雪が深く、ちょっと不安を覚えたが
進むしかなかった。膝まで雪が埋まり、チャリもハブ
の上まで埋まるので、全くホイールが回転せず、非常
に押しづらい。1 歩ずつ進んで、チャリは強引に引きず
るしかなかった。しかし、下りであるため精神的には
楽であったし、これが最後の山場だとゆっくりと時間
をかけて進んだ。
 幸いなことに 30 分ほどで、再び舗装済みの新道に出
た。しばらくダウンした後、ラストとなる美作北林道
へ。途中、それなりに眺めはよかったが、昨日の美作北 2 号林道には遠く及ばなかった。しかも予報
に反して、急に天気が悪化し始めたので、そこまで景色を味わうこともなく急いで下り、津山を目指
した。津山市内に入ると雨が降り始めたので、一番近かった東津山駅に駆け込み、さっと輪行して帰
路についた。
 今回のツアー、夜はどうしようもなく寒かったが、昼間は天気に恵まれ、シャツ 1 枚で走れるほど
暖かいこともあった。一面の雪景色というところもあれば、菜の花が咲きみだれているところもあっ
た。冬と春のはざまをさまよっているという印象を強く感じた。
 大きな峠や有名な観光地が少なくインパクト低いせいか、山陰は人気が低いようであるが、個人的
には結構好きである。確かに、地味な印象は否めないが、ほのぼのとした癒し系の風景が広がる。特
に、春先のツアーの行き先の選択肢として山陰というの大いにありだと思った。冬と春を同時に感じ
られるということはなかなか贅沢なことである。

0 件のコメント: